音楽とともに

日々のことを記録として。時々備忘録を兼ねて。

政治思想がなんだとか

 COVID-19がパンデミックを起こしてから,どこの国が上手く対処できているだとかどこの国が手本になる等,メディアで取り上げられたり自分の生活範囲においてもそんな議論を聞くことが増えてきた。

 これまで経済や政治思想に関するちゃんとした高校以上の教育は受けていないので,どこまでいっても専門家にはなれないが,SNSなどで簡単に騙されてしまわない程度には自分としての意見を持つことは大切だと思う。

 社会主義や強大な権力の支配下にある民主主義がある国では暮らしていないから,今回COVID-19に対してどこが正しく取り組めているのかは良く分からない。強面のボスに見張られていたら,それは外に出ないし,逆に何もなければ悪い意味でも自制はなくなる。後者の自由を守るために,という日本なりの対応なのだとずっと考えて接することのある外国人にもそんな噛み砕いた説明をしていたが,そんな大袈裟な旗のもとで戦っているのではなさそうな気がしている。

 ”要請”と”強制or命令”,効力が全く違うけれど,最終的にはお互いに見張りあい,なんとも息苦しい空気感も漂っていると感じる。

 

誰かが世界がお互いの議論の上に足並みを揃えて,一様な対策を講じていかなければならない,と示していた。出典は忘れてしまったが,納得である。

 今回の件で,1月くらいの間で世界中に広まってしまう病気であることが明らかになったし,それだけ人が世界中で往来していることが可視化されて伝わってくる例である。一様に共通認識を持たなければ,またどこかから世界中に運ばれ,ぶりかえす。

 

 コロナウィルスをきっかけに,もう元の世界には戻れない,という話も聞くようになった。経済がしばらく沈んでしまうこと,人との距離を取る物理的な環境,どんな世界になるのかは再開後の想像がまだ思い浮かんでこない。長く時間が掛かってもまた笑って居酒屋でビールが飲めればと願っている。一方で,思想や政治の流れはどうなるのだろうか。トランプ大統領が当選した数年前にポピュリズムという言葉を自分自身初めて知った。明確に誰が該当するのかはよく分からないが,概念として万人に分かりやすいスローガンで支持を集めていく,というように解釈している。

 先日のNHKを見て,ヒトラーもその一例として捉えられ,最近生まれた概念では決してないことを知った。今回のパンデミックに対して,様々な国の対応策が甲乙として評価されるだろうし,今後検証されていくことと思う。その中で,1つの対応策から飛躍して根本の信条みたいな部分まで根こそぎ植え替えられてしまうことはないか。一抹の不安がある。元の世界には戻れないなら,すべて新しく塗り替えてしまおうという勢いがついたとき,どこへ向かうのか。今一度自分なりに意見を持つことは大切なのだと思う。

 一方で,アフターコロナだとかWithコロナと言われる今後の中で,同じような経済の仕組みで改めて立ち直っていく。そんなふうに動き出している人たちや考えている人がいることも最近分かった。

 何を聞いても,自分には答えは分からない。働き方は変わっても似た枠組みで動いていけば,何か手を動かすことはできる。考え方が~と言っているとしばらく机に突っ伏すことになるかもしれない。

 

 とりあえずは,罹らないようにしばらく辛抱する。